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洞林寺の歴史

​Dorinji-temple history

曹洞宗 錦柳山 洞林寺について

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​●洞林寺の創建とその歴史

開 山  生室長寅大和尚   

二 世  将智元良大和尚

三 世  峯外養鷲大和尚   

四 世  真外林宗大和尚

五 世  勝外清逸大和尚   

六 世  覺法寅了大和尚

七 世  龍峯不白大和尚   

八 世  鶴岑珠丹大和尚

九 世  萬呆絶道大和尚   

十 世  光英自覺大和尚

十一世  丹嶺獨鳳大和尚   

十二世中興桂山秋天大和尚

十三世  大峯獨雄大和尚   

十四世  大屋林苗大和尚

十五世  巽應天須大和尚   

十六世  傑宗英童大和尚

十七世    玉源大和尚   

十八世    東王大和尚

十九世  梅巖芳林大和尚   

二十世     不詳

二十一世 卍山巖文大和尚   

二十二世 孝雲泰順大和尚

二十三世 戒山雲帚大和尚   

二十四世 佛仙性山大和尚

二十五世   寛道大和尚   

二十六世     不詳

二十七世     不詳   

二十八世 三甫鶴道大和尚

二十九世 顕覺快道大和尚   

三十世      不詳

三十一世 磨甎自照大和尚   

三十二世 黙壽益田大和尚

三十三世     不詳   

三十四世 玄真鶴道大和尚

三十五世 覺宗扎田大和尚   

三十六世 義峯達田大和尚

三十七世 徳峯顕敞大和尚   

三十八世 祖峯道彦大和尚

 ​洞林寺の創建は正保2年(1645)であると言われ、御開山は妙心院二世生室長寅和尚です。承応2(1653

)4月7日に亡くなられております。

 「洞林寺はもと荒町にあり、後に現在地に移された。」という言い伝え(昭和29年刊行の『仙台市史』には、先々代住職がその旨の原稿を寄せています。)もあるようですが、定かではありません。寛文4年(1664)製作の『仙台御城下絵図』を見ると、洞林寺は間違いなく現在地にあります。

 


 

​●洞林寺の開山と歴代住職

​ 新寺小路界隈は江戸時代には八塚と呼ばれていました。八塚の由来は、一面の野畑に何人のか判明しない古いお墓―古塚―が八つあったから八塚というようになったと言われております。但し、現在その八塚の所在は明らかではありません。
 御存知の方も多いと思いますが、現在、仙台には元寺小路という地名と新寺(町名変更前までは、新寺小路)と言う地名があります。新寺という地名から、現在の寺町が形成されたのは比較的最近であると思っておられる方も多いようです。寛永十四年(一六三七)の第一次城下拡張の際、寺小路にあった寺院の一部(正雲寺、道仁寺など)を八塚に移したので、従前の地を元寺小路と呼び八塚を新寺小路と呼ぶようになったようです。


 

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新寺小路と洞林寺

​洞林寺本尊:聖観世音菩薩

​洞林寺山門から本堂を眺む


 洞林寺は過去二回の火災に遭っております。享保12年(1727)3月16日の大火で、本堂庫裏什物すべて焼失しています。また、寛延2年(1749)12月9日にも火災に遭っています。


  1645年に開創され、今日までの360年の間に現住職を含め39人が住職を務めています。住職の交替がやや頻繁なようです。とりわけ文政期から明治初頭にかけて著しく、約60年間で20人近くが交替しています。二度火災に遭ったこともあって、かなり荒廃した時期が続いたように思われます。現在明治以前の文書類はほとんど残っておらず、不明な点も多く、住職名がわからない世代もあります。洞林寺の創建から今日までの360年は決して平坦な道程ではなかったと思います。存亡の危機に瀕したこともあったと思われます。こうして存続してきたのは、歴代の御住職そしてお檀家の方々の努力と協力のお陰だと思います。


 

​二度の火災からの復興

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